ロマンスのテーマは、ただ心が躍る甘い話ではなく、時にチクッとする傷や悩みの種も含んでいる。けれどもイエス様は、そこにも語ってくださる方であり、神様がデザインされた素晴らしいロマンスへ導こうとしておられる。
この世の情報は、聖書と違う考え方をどんどん耳に入れてくる。周り中が同じ考え方をしていると、聖書に基づいて生きることは理想だけど無理だ、と諦めたくなる。もう間違えた、もう駄目だ、と思う人もいる。けれどもイエス様はすでに世に勝っておられ、今変わることができる。
新約の時代は、細かい規則だけで人を縛る時代ではなく、聖霊様が内に住み、神様の原則によって導かれる時代である。聖書は、どんな服を着るかを全部指定するのではなく、慎み深さという原則を与える。同じように、ロマンスにも神様の原則がある。神を愛し、隣人を愛し、何をするにも神の栄光のためにし、主イエスの名によって行うことが土台になる。
人間の造りは、霊、魂、体である。神様は感情も、思考も、情熱も、体も大切にしておられる。結婚は、この三つが完全に一つになる神様のデザインである。だから順番が大切になる。神様の順番は、まず霊において一つになり、次に魂において一つになり、最後に体において一つになること。体の一致は、結婚の中にだけ許された素晴らしい特権である。
サタンはその順番を逆さまにしようとする。体から始めれば、魂もあとから合ってくると思わせ、霊の部分は見えないからと無視させる。しかし神様は、霊も魂も体も、主イエス・キリストの来臨の時まで責められるところのないものとして守りたいと願っておられる。
クラシカルなコンサートの例えは、その順番をよく見せる。指揮者は霊的な部分、つまりイエス様である。楽譜は魂の部分であり、演奏は体の部分である。指揮者を見ず、同じ楽譜も持たず、いきなり演奏すれば、それは演奏会ではなく騒音になる。だから信じる者と信じない者が結婚に向かうことは、指揮者が違うという大きな問題になる。
恋愛の歩みには、示され、知り合い、カバーを得て、祈り、確信をもって告白し、交際に入るというプロセスが勧められる。恋は盲目で、片目をつぶって見てしまうことがある。だから一人で戦わず、ファミリーグループリーダーやディサイプラーのようなカバーを得ることが守りになる。
間違えてしまった人にも、福音は終わりを告げない。金継ぎの器のように、イエス様は傷を癒し、罪や失敗を証に変えることができる。過去は関係ない。今日、イエス様を信じ、神様の守りの傘の下に入るなら、神様は尊いことに用いられる器へ作り変えてくださる。
Key Takeaways
- 1. 順番が愛を守る 神様のデザインは、霊、魂、体の順番を大切にする。体から始める愛は、深く見えても土台を後回しにしてしまう危険がある。霊において同じ指揮者を見つめ、魂において同じ楽譜を共有する時、体の一致は結婚の中で喜びとして守られる。 [33:37]
- 2. 指揮者はイエス様 ロマンスの中心にある問題は、相手が好きかどうかだけではない。誰の指揮で人生を演奏しているのかが、結婚の響きを決める。自分が指揮者になる自由は、結局それぞれが違う曲を弾く騒音になりやすい。 [38:37]
- 3. 恋はカバーを必要とする 恋はしばしば片目をつぶって見るので、人の見ていない所の姿を見落とす。だから孤独に戦うより、信頼できる霊的なカバーを得ることが知恵になる。カバーは支配ではなく、サタンの攻撃の中で結婚とロマンスを守る助けである。 [46:19]
- 4. 回復は金継ぎのように深い 失敗は神様の手に渡される時、ただ元に戻るだけで終わらない。金継ぎの器のように、割れた所が証となり、価値が増すことさえある。イエス様の十字架は、傷を隠すだけでなく、罪と間違いを尊い器へ作り変える。 [52:15]
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